Smart Liberty

とある集まりで、みんなが書きためた作品を発表する場として作りました。

Lovely Crazy Happy Days!

「ねーねー」

「……」

「ねーってばー」

「……」

「むー……」

「……」

「無視しないでよー!」

 無視してるんじゃない。全部お前のせいだ。

 俺が目だけでそう訴えると、目の前のチビはハッとしたような顔をして、申し訳なさそうにうつむいた。しかしそれも一瞬のことで、すぐにちょこまかと慌ただしく駆け出していった。おそらく、また自分の好奇心を刺激する何かを探しにいったんだろう。忙しない奴だ。まあ、あのチビには他にすることもないからな。

 そんなどうでもいいことを考えながら、俺は辺りを見回した。

 足元にうず高く積みあがる本、本、本。四方の壁にピッタリ収まった本棚には、これでもかというほどの量の、様々な書物が敷き詰められている。思わず、壁が本でできているのではないかと錯覚してしまいそうだ。

 森の中の大きな屋敷。そこに、俺とチビは二人で暮らしていた。

 そこ、犯罪の臭いがするとか言うんじゃない。俺にそんな趣味はない。断じてだ。

さて、話を戻そう。暮らしている、といっても、ここが俺の家だという訳ではない。もちろん不法侵入をしている訳でもない。この屋敷は、あのチビの所有物で、俺はあいつの用心棒、ということになっている。

 ミストレア家と言えば、この国で知らない者などいない名家だ。生まれる子供は皆素晴らしい才能に恵まれ、誰もが大臣などの、国を動かす存在となる。

 そして、チビはそんなミストレア家の御令嬢。だが、あいつには何の才能もなかった。勉強、運動、芸術、魔法…どれをとっても、あいつはただの一般人程度の能力しか持っていなかった。だから、チビの両親はチビからほとんど全てを奪い、存在をなかったことにした。名前も奪った。『出来損ない』は、ミストレアの一族ではない。そういう考え方が彼らの中では当たり前のもので、今も昔も、そしてこれからも変わらないんだろう。

 自分のことを長々と語るつもりはないが、まあ俺もチビと同じ『出来損ない』だ。ミストレア家の衛兵の中でも、俺は落ちこぼれだった、というだけのことだ。

そんな訳で、俺とチビの『出来損ない』コンビは、令嬢と用心棒という名目で、森の中でひっそり……ひっそり? 暮らすこととなった。彼らとしては、同時に厄介払いができて万々歳だったんだろう。俺は、別にそれに対して怒りを覚えてはいない。集団の中で、異端は隅に追いやられ、いなかったことにされるかストレスの捌け口にされるか、二つに一つなのだから。

まあ、こんな結構薄暗い背景をぐだぐだと語っても、今更何も変わらないし、今の生活を不満に思ってもいない。

 ……いや、不満というか、悩みの種ならある。もちろんそれはチビのことだ。

チビはチビで、才能が無いなりに頑張っている。あいつは毎日毎日、俺でも読めない魔導書や分厚い本を読み漁り、1㎛ほども持ち上がらないダンベルと格闘し、俺をモデルにデッサンをする。そのため、俺は毎日毎日、筋肉痛に悩まされる。基本のポーズも描けないくせに、俺に空気椅子のまま考える人のポーズをさせるのはやめてほしい。何なのか、嫌がらせなのか。しかし本人は至って真面目なのだから、始末が悪い。あの子供っぽい、そして穢れを知らない真っすぐな瞳を見ると、怒るに怒れないのだ。何て甘いんだ、俺は。

そして、今日も俺はチビのたゆまぬ努力の尊い犠牲となった。あいつが作った魔法薬のせいで、俺は今声が出ない。わけがわからない。人を阿呆にする薬が、何をどうしたら声を封じ込める薬になるのか。冷凍食品を電子レンジに入れたら凍ったシャーベットになった、なんてことと同レベルだぞ。それにあいつは、阿呆になる薬を俺で試そうとしていたのか。何て奴だ。そして俺は何て不憫なんだ。本当にあいつは、いつもトラブルばかり起こす。だが、最初はうっとおしく思っていたそのトラブルだって、今ではすっかり俺の日常だ。あいつの存在は俺を支える柱であり、だが同時に俺を縛り付ける鎖でもある。俺たちは、凡人だ。それはどう足掻いても変えられないのだから。

 

 

そして、オレたちは、何もしない。アイツに何も教えない。ただただ、この世を侵食していく終焉を静観し、傍観し、諦観しているだけだ。何も変わらないし、何も終わらないし、そもそも始まってすらいない。

その単調で退廃的な生活の、なんと安らかなことか!

だから、オレはあいつを責めたりしない。むしろよくやったと褒めてやりたいくらいだ。あいつが、魔法を暴発させ、世界の半分を破壊し尽し、残りの半分に呪いをかけ、オレがその共犯として、ここに監禁されていたとしても、だ。

 こうして、オレたちの世界の平穏は、今日も保たれている。明日もきっと、何も変わらないのだろう。

 それでいい。それこそが、オレたちの幸福の形なのだから。

 

 

 私は彼が好きだ。そして彼も、私のことが好きなんだろう。

 決して恋慕に変わることはないその気持ちは、私たちをしっかり結びつける堅い綱で、世界はそれを絆というのだと知っていた。

 私はあいつが嫌いだった。あいつも彼と同じように、私のことを好いていた。でも、あいつの気持ちは紛れもない恋慕であり、呪いだった。あいつは私の為なら何でもし、私にもそれを求めた。その傲慢さが大嫌いだった。でも、私があいつに勝てるわけがない。力量でも、精神でも。あいつは彼とは違い、傷つけることに対する感情が欠如していたから、私のことも容赦なく傷つけた。それに、あいつのことが嫌いでも、彼のことは好きだった。でも彼はあいつであいつはかれでおなじなのにまったくちがってわたしはあいつがすきなのかかれがきらいなのかもうそれすらなにもわからなくなってどうしようもなくなってたすけてほしくていやだたすかりたいたすけてたすけてt

 そして私はあの日、いつの間にか一変した世界を眺めていた。無感動に、ただ淡々と。あいつはいつの間にか彼に戻っていて、そのことがすごく嬉しくて、苦しかった。そしてあいつにそそのかされて、取り返しのつかないことをしてしまったことにもすぐ気が付いた。怒りは湧かなかった。ただただ虚しかった。

 あいつが出てきた後、彼はいつも何も覚えていなかった。あの日もそうだった。だから、私は嘘を吐いた。何もできない私が唯一持つ、たった一つの武器。それを使って、彼がもう傷つかないように、上手く丸め込んだ。私は卑怯だ。でもあいつは、もっと卑怯で、残忍で、非情だった。

 私と彼とあいつが得た、束の間の平穏。私とあいつだけが知っている、その真実。彼の平穏を壊さぬよう、私は嘘を吐き、依然と何も変わらないように振る舞った。何の才能もない、でも無駄な努力だけは続ける、そんな私を。彼は私を、ホントの私を許しはしないだろう。非力な彼は、正義感だけはどこの誰よりも強かったから。

 嘘を吐き続けることで得る平穏。でも、それも今日で終わりだ。

 もう、耐えられないから。私よりも遥かに綺麗で優しい瞳を持った、大切な家族。もう二度とあいつに汚させはしない。

 隙をついて掻き切った、あいつの首。真っ赤な血の中に、綺麗な彼の瞳を見た。声を出せなくしておいてよかった。弱い私の心は、優しい彼のさいごの声を聞けば、あっという間に壊れてしまうだろうから。

 大好きで、大好きだった彼。もうあいつは、彼を穢すことはできない。

 さあ、最期の仕上げだ。今まで何も成し遂げられなかった私も、ようやく最期に何かを終えられる。どうしようもない気持ちでいっぱいだけど、私は今すっごく幸せだよ。

 あかいろのなかにみえたのは、だいすきだったかれの、きれいなきれいなひとみだった。