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Smart Liberty

とある集まりで、みんなが書きためた作品を発表する場として作りました。

フールファーザー・ブラインドネス

 五年前、妻との間に子をもうけてから、このままの職では食いつなぐことすら難しいことに、今さら気がついた。娘が幼稚園へ通ううちは、まだ収入に余裕があるが、あと二年もすれば、義務教育のため、二、三倍の費用がかかるだろう。専業主婦である彼女は、私の仕事にいっさい口出しをしたことがなかったが、いつ不穏な口火を切るかもわからない。夜毎、ストレスのせいで抜け毛も増えてきた。いったい、どうしたものか、自分でもこれといった善策が浮かばない。

 そんなある日、私はインターネットで、ある記事を見つけた。動画投稿サイトへ動画をアップすると、その広告費でわずかながらの小遣い儲けが出来るらしい。ビデオカメラさえ用意すれば、あとは撮影だけで済むようなものだから、やや短絡的ではあるもの、私に持ってこいの話だった。

 いつもどおり帰宅し、妻がベッドへついた時間、ハンドカムを引っ張り出して、三脚に固定したが、なにを撮るべきかがわからない。まさか、三十の男がメシを食べているだけの動画なんて、誰が見るだろう。「人気の動画」に上がるのは、顔立ちの整った男女の駄弁りか、ゲームの実況プレイなどで、ただの会社員が付け入る隙がない。

 結局、何の動画も上げないまま、一週間が経った。この世に、日当たりのいい稼業などというのは都合良く存在しない。妻に気をかけさせぬようどうにかふるまってきたが、かといって、これに代わる素晴らしい案というのも、また存在しなかった。

 ある日、妻が、祖父の危篤のため、数日実家へ戻るといい、私と娘を残して家を出た。いつ帰ってくるかもしれないまま、私と娘は、急ごしらえの冷凍食品と、軽い惣菜だけで日々をすごした。娘は以前にまして無口になり、私がタブレット端末を渡すと、すぐさま食いついて何時間もはなれようとしなかった。

 そんな折、夕飯だというのにいつまでもソファでゴロゴロしている娘を叱ってやろうと思って、娘の持っていたタブレットを取り上げようとした、そのときだった。私は、娘が見続けていた動画を見て、ぴんとひらめいた。

 それは、娘と同年齢か、それ以下の子供達が、携帯ゲーム機で遊ぶ様子を動画にしたものだった。お世辞にも、まったく無関係の他人の子をかわいいとは思わなかったが、これなら、娘も喜ぶかもしれない。私は、きちんと夕食をたべるという条件のもと、娘に一つ提案をした。

 十九時すぎ頃、私は、はじめての動画作成にとりかかった。といっても、タブレットの画面をキャプチャし、プレイ中の娘の様子を、三脚に固定したカメラで撮るくらいの簡単なものだった。撮影を終え、娘がねむりはじめてから、容量の少ないラップトップで編集を行い、投稿サイトへアップロードを終えたのは零時過ぎだった。始めのうちは、こんなもんだろうと勝手に納得し、カバンへ書類を詰め、ベッドにもぐった。

 しばらく再生数に伸びはなかった。そんなことなどおかまいなしに、娘はあれやこれやと動画にするよう頼んできた。私は思いあぐねた。たとえ今、一万円の玩具で動画をつくったところで、黒字にならないうちはただのホームビデオにしかならない。やんわり断ったつもりが、娘は声高に泣き出し、そのままつかれて寝てしまった。二日後、妻が家へ帰って来ると、娘は着火剤でも入れたようにぱあっと笑顔になり、胸へ抱き着いてしばらくはなれなかった。

 三か月ほどで、ようやく軌道に乗り始めた。名の知れた動画投稿者の関連動画にぽつぽつと顔を出したのが功を奏したのだろう。ひと月、ひと月と経ていくごとに、再生数もうなぎ上りに増えつづけ、十か月も経った頃には、一動画あたり十万回再生の大台に乗った。一日一本上げていれば、一年あたり四百万ほどの収入を得るに至ったわけだ。

 娘へ感謝のしるしとして、ひと月に一度、欲しがっていたゲームや玩具をあげることにした。妻はそんな私達の様子を不思議がっていたが、収支に関しての話題を持ち出すと、すぐに頬をゆるめた。

 翌年には二人めの子をもうけ、あらたな家族の誕生を動画にアップすると、再生数はより跳ね上がった。娘が幼稚園を卒園し、小学校へ通いはじめるという旨の報告を上げると、これもまた大きな収入となった。低評価数を気にすることはなかったものの、大した問題もなく、末の子もすくすく育っていった。食費や、生活費、養育費にもなにひとつ困ることなく、私達は一日一日を過ごした。妻の顔には笑みが増え、たとえ私が飲み屋から遅く帰っても、溜息ひとつついて、それ以上はとがめなかった。

 なにもかもが順調に思えた、そんな浮かれたある日。

 動画投稿用に買い替えたラップトップに、メールが送られていた。まったく見知らぬアドレスだったので、迷惑メールかとあしらおうとしたが、ふと気になって、私はその、顔も知らない他人からの手紙に眼をとおした。

《三十歳無職の者です。毎日貴方様の動画を見させてもらっています。二人のお子さん、とてもかわいらしいですね。私は、もう何年も部屋から出ていませんので、女性とはおろか、男性とすら顔を合わせて話す自信がありません。おそらく、死ぬまで結婚することもないでしょう。私は、女性はひどく苦手ですが、貴方のお子さん二人となら、軽く打ち解けあえるかもしれません。いつになるかはわかりませんが、そちらのもとに、うかがわせていただきます。私は、とても、大丈夫な気がします》

 私はひどく狼狽した。果たして、なにか、住所がばれるようなことをしただろうか? 過去の動画を、ざっと見直してみたが、あくまで屋内での撮影に限っているので、そんなことは断じてありえない。しかし、この三十歳無職という点が、どうも引っ掛かった。決して冗談では済まされないような年齢だ。あらかたコメント欄をチェックしたものの、そういったような感想は見受けられなかった。とはいえど、実害がゼロな段階で、警察にかけあったところで、門前払いを食らうだけだ。「数日」という点に気をかけていれば、あとはどうにかなるに相違ない。

 私は、ある日、妻と話し合いをし、子供達の送り迎えをするときは、とにかく周囲に細心の注意を払うことにした。二週間ほど、私は、出社するとき、帰宅したときに、玄関になにかしらの細工がされていないか、疑り深く調べ尽くした。裏庭へサーチライトも設置したが、盗聴器だったり、なにものかが引っ掛かったりするような気配はまったくみられなかった。

 あの男のメールから一か月が経ち、停滞気味だった動画投稿も再開した。再生回数も倍々に増えていき、私はそろそろ、会社を辞めようかと考えていた。企業からの依頼や、動画編集のための時間が追い付かなくなり、仕事にも身が入りづらくなっていた。あと三か月ほど様子を見て、それから考えることとしよう。

 赤ん坊の世話をみるため、私は、早めに仕事を切り上げ、帰りがけに、家電量販店で娘の欲しがっていた玩具を買った。帰宅したとき、なにかが変なように思えた。地続きになったままの現実が、どこかでひずみを起こし、沈みこんで起き上がってはこれない。私は、重い足取りでリビングへ向かった。視界が心臓の鼓動と同じテンポで左右へ揺れ、口の中が唾液でざらざらした。

 ソファの上に赤ん坊と娘がいた。左手に提げていた袋を彼女らへ渡そうとした。そのとき、私は、今朝ぶりに自分の子を見た。

 顔中に赤々としたニキビが浮き、口周りは乾燥し、干ばつに遭った土地のように、あちこち皺で割れていた。それに、この青い髭……目元は落ちくぼみ、まるで容姿がなっていない……果たして、わが子の顔とは、こんなものだっただろうか? 私は、慌てて台所に飾ったフォトフレームに眼をやった。まったくのところ、似ても似つかない、男のような顔をしていた。集団感染にかかったよう……娘と赤ん坊は、私の買ってきた玩具に食いついて、包装紙を手づかみに破りはじめた。

「なあ、あんた、早く動画を撮れよ」赤ん坊は、紅葉のような手をぱたぱたとしながら言った。「仕事をやめるんだろ? 迷っている暇はないじゃないか」

 私は、抽斗からビデオカメラと三脚を取り出して、普段と同じ位置に立てかけた。カメラに映った赤ん坊は、下唇を突き出して、「はじめからそうすればいい」と吐いた。娘は、私の同僚のように笑いながら、箱のなかの玩具をテーブルに置いた。私はなにもいわず、ただ彼女達の様子を、動画に撮りつづけた。

「このパーツをここへつけるのかな」

 アルコールの絡んだ声で娘は言う。痰をかすめるような咳込みをし、「とっても楽しい」と言った。

 私は、娘を放って、トイレに入り、胸を押さえながらものを吐き出そうとした。なにも出てこなかった。「お父さん、早くしてよ」と急かす男の声がし、ふたつめの現実に引き戻された。次に、洗面所へ行き、鏡に映るおのれの姿をよく確かめた。間違いない、あの男と同程度の年齢の顔面だった。無気力感で、地面へべったりとくっついた。そのまま、駄々をこねるように、身をくねらせ、娘が私を呼ぶ声を、数十分にわたって聞きつづけた。

 あの男、とうとう、私の生活圏にまで浸食したのか! 上下の歯を軋ませ、喉を鳴らし、苛立った。ただのストーカーで済めばよいものを、こんなことになるまで、手を伸ばすなんて! 私は、娘のもとへ戻って、撮影を終えた。編集もせず、その動画を投稿サイトへアップした。

 再生数は伸び悩んだが、徐々に回復していった。私は仕事をやめ、妻は帰郷すると言って、二度と帰ってこなかった。

 二人の子供は、中学や高校へ通い始めたが、次第に、動画を投稿することも少なくなった。かつてあった彼女達の姿は、薄膜を剥いだようにぼんやり消えかかり、いまでは、あの男の姿ばかりが目につく。どこでなにを踏み外したものか、定かではないが、あのサイトは、経営破綻に陥り、広告収入はひとつもなくなった。

 私には、もう、どうだっていい。あの男との同居など、彼女達の養育など、もはや耐えられないのだ。私は、居酒屋の鴨居に縄をかけ、垢の詰まった爪で痒みを掻きながら、三十代の男を思って、泡となった。

 

 

著・斎木証