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Smart Liberty

とある集まりで、みんなが書きためた作品を発表する場として作りました。

努力とは

past


ドン! 駅前の道を歩いていると肩に強い衝撃が走り、思わず振り向く。ぶつかってきたのは二十代前後の若い男。男は軽く会釈し、またとぼとぼと歩いていく。あまりにも日常的で、ありふれた光景。なのに男の背中を見ているうちに僕は激しい胸騒ぎに襲われる。胸騒ぎと共に、脳裏に一つの情景が浮かんでくる。
 先程の男が近くの中学校に侵入し、女子生徒を人質にして立てこもっている。遠くからサイレンの音がして、男は何やら悪態をつきながらそばにうずくまっていたもう一人の女子生徒の腹に無造作にナイフを突き立てる。刺された女子生徒の甲高い悲鳴と、周りの人質たちの声にならない悲鳴。男はさらなる獲物を探すかのように辺りを見回し…
 そこで僕の意識が戻り、視界も目の前は立てこもり現場から駅前の猥雑な風景に戻る。これが僕の能力の『時渡り』だ。自分の体に触れた者の数秒後の未来を見ることが出来る。つまり、これから近いうちにあの男は立てこもり事件を起こすということだ。僕は深いため息一つついてから男を追いかけた。
 暫くすると目の前に中学校が見えてきて、先程の男が中に入っていく。守衛の姿を探すが見当たらない。恐らく巡回中なのだろう。仕方がないので僕も男を追いかけて中学校に入る。昇降口にさしかかった所で上から悲鳴が聞こえてきた。急いで階段を上り、先程『視た』教室に飛び込む。ちょうど男がナイフを懐から出し、近くの女子生徒に突き立てようとしていたので、ナイフの腹をつま先で蹴り上げる。握力はさほど強くなかったようで、手から離れたナイフがクルクルと放物線を描いて黒板のそばの壁に突き刺さる。思わぬ乱入に戸惑う男の喉に掌底を叩きこむ。崩れ落ちる男の右腕を寝技で固めながら教壇で立ち尽く先生に指示する。
「お前、駅前の男だよな。なんで俺が立てこもりをしようとしてたのが分かったんだ?」
 固められた腕の痛みに顔をしかめつつ、男が聞いてくる。
「まあ、色々あってね。それよりも、なんでこんな事をしようと思ったんだ?」
「お前には関係ねえ、勇者様が」
 そういう男の瞳に僕に対する憎悪とは違う、諦観のようなものが見えて思わず話しかける。
「関係なくはないだろう。言うのはタダなんだから話してみなよ」
 男は一瞬逡巡した後、ポツリポツリと話し始めた。
「俺は小さい時から何をやっても上手くいかなかった。勉強も、スポーツも、人間関係を構築することさえ出来なかった。俺だって努力したんだ! なのに全然上手くいかなくて、周りからは馬鹿にされて…正直、もう限界なんだよ!だから俺だってやろうと思えば出来るんだってことを今まで馬鹿にしてきた連中に思い知らせてやろうと…」
「お前の間違いを二つ訂正しよう。一つ目はお前を馬鹿にしてきた連中に思い知らせると言っていたことについてだが、こんな事をしたところで連中が悔い改めるとでも思ったか? だとしたらよっぽどの馬鹿だな。二つ目は努力しても上手くいかなかったと言ったが、本当に努力したのか?そこには一切の妥協が無かったと言えるか?」
「ああ、努力したさ! それでも…」
「嘘だな。本当に努力した者なら、こんな馬鹿げたことで自分の価値を下げようとは思わないはずだ」
「それは…でも」
「でも、何だ? 現に今お前は何をしている? ただ諦めて子供のように駄々をこねているだけじゃないか。それがお前の全てだ」
 やっと警察官がきて、男を彼らに引き渡す。連行されていく男が少し不憫に思えて声をかける。
「刑務所できちんと罪を償ったら、カンボジアのスモーキーマウンテンに行ってみろ。そこで働いてる子供たちを見れば、少しは何か感じるだろ」
 男はかすかに頷き、そのまま連行されていった。
    四年後
 「それがあなたの更生の理由ですか! カンボジア国内では貴方を英雄視する動きも広がっており…」
 俺はお世辞を言うリポーターに適当に相槌を打ちながら、これまでのことを思い出していた。
 俺の犯行を未然に防いだ妙な男から行けと言われたカンボジアのスモーキーマウンテンに行くと、十歳に満たない子供たちがその日の食料を買うための金を稼ぐために命を削っていた。ゴミの山からは絶えず煙が上がっていて、肺の奥が焼け付くように痛くなる。そんな中、黙々と働く子供たち。ゴミ収集車が来ると、我先に殺到していく。そんな姿を見て決意した。もうひと頑張りしてみようと。
 廃品の中からケータイやゲーム機などを選り、中からレアメタルを取る、。気の遠くなるような作業の末、手のひらいっぱいのレアメタルを換金して巨大な磁石と工具を買う。それらを駆使してさらに効率よくレアメタルを集め、ついには小規模だが廃品回収所を立ち上げた。これまでスモーキーマウンテンで働いていた人たちを全員雇い、給金を弾み、食堂と診療所を立ち上げた。いつしか諦めの表情を浮かべていた人たちの顔に笑顔が戻り、政府からは正式に廃品回収とその処理に尽力してほしいとまで言われるようになった。
 今、あの男に会ったら何て言うかな。そんなことを考えながら、俺はカンボジアの青い空を見上げた。
                                          fin