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Smart Liberty

とある集まりで、みんなが書きためた作品を発表する場として作りました。

狼少年

狼少年

 汚い犬を拾った。毛は泥だらけでゴミだらけなのに、その目だけは爛々と輝いていた。「生きたい」と、私に向かって叫んでいたような気がしたのだ。
 私は学校帰りだったから、いったん家に帰って荷物を置き、大きめのタオルを持ってまたその場所へ引き返した。そこには依然としてその汚い犬がいて、吠えるでもなく私を見つめてきた。タオルにくるんで抱き上げても抵抗を見せなかったので、少しほっとした。
 今日は家には誰も帰ってこない。明日も夜勤だから、会えるのは明後日だろう。それまでにこの子を何とかしなければならない。とりあえず私は、犬を洗ってやることにした。
 犬は水を嫌うのものだと思っていたが、どうやら全てがそうというわけではないらしい。犬用シャンプーなんて物はないので普通の石鹸を泡立ててやったが、気持ちよさそうにしていた。タオルで拭いてやり、そのまま何となくソファーの上に乗せてやると、そこに座り込んでじっとしていた。私は、あまりに抵抗しないので元気がないのではと心配になったが、今の時間では動物病院なんて開いていないだろう。そもそも私一人で連れていけないかもしれない。とりあえず犬を拾ったことだけ母にメールしておいて、今は様子を見ることにする。幸い明日は休日だ、時間はある。
 ネットで犬に与えてもいい食事を調べ、結局適当に余っていた野菜を切って与えることにした。
 少しの時間だし、と犬をそのままソファーの上に放置して台所で野菜を切っていると、ドン、と何かが落ちる音がした。驚いて見に行くと、ソファーの下のラグに少年が転がっていた。少年だ。驚いて声も出なかった。
「……」
「いったあ……。あ、お姉さん。シャワーありがとうございました」
 少年はニコニコと笑いながら話しかけてきた。よく見ると少年の頭には獣の耳がついていて、毛の色もさっきの犬と同じ。ありえない現象に慄きつつ、恐る恐るその少年に話しかける。
「さっきの、犬……?」
 すると少年は、怒ったような顔で声を上げた。
「犬じゃないよ! 僕は狼だ。絶滅したとされるニホンオオカミの末裔なんだぞー! 僕はとっても長生きなんだ。もう何万年も生きてる」
「ええ、本当に? ちょっと待って……ごめん、信じられないわ、そんな」
 私の脳はとっくにキャパオーバーだった。ニホンオオカミの、少年……?
 私が頭を悩ませていると、突然その少年は笑い始め、ついにはラグをバンバン叩きながら笑い転げ始めた。
「あは、あはははは! おかしい、お姉さんってば素直! 冗談だよ、途中からはね。そんな真剣な顔しないで!」
 私はため息をついて台所へ引き返した。
「途中から、ね。どこからが冗談なのか知らないけど、私が拾ったあなたが犬の姿をしていたことは本当。とりあえずある程度信じてあげるから、とりあえずこれ食べなさい。不審なことしたら警察に引き渡すからね」
 切った野菜を差し出すと、フォークは? と聞かれた。犬、もとい狼らしく手で食べればいいのに。
 野菜を食べるそいつを眺めつつ、さっきチンした自分の夕食を手に、聞いた。
「これからどうするの? 犬じゃないんだったら、捨てられたわけでもないんでしょう。私は明日あなたを保健所に連れて行くつもりだったんだけど。あなた家はあるの?」
「あるよ。今日はたまたまあそこにいただけ。まあ、何万年も生きてるわけで? 退屈してたんだよね」
 にやにやと笑いながら答えられて怒りがわくが、正直その犬の耳をつけた珍妙な姿でからかわれても怒る気になれない。むしろげんなりしつつ、もう一度問うた。
「はいはい。それで? 結局どうするの。さっさと家に帰ったらいいのに」
「うーん、まあ、すぐに帰るよ。ところでお姉さん、家族は?」
「夜勤。今日、明日は帰ってこないよ」
「そっか。だからか」
 何かに納得したようにうなずいて、野菜を食べることに集中しはじめる。その自由さにあきれつつ、追究する気にもなれなくて自分も夕食を食べ始めた。
「……実は、僕ね。本当は人間なんだ」
「え?」
 驚いて視線を上げると、にやにやと嫌な笑みを浮かべていた。
「もう! 何がしたいの!」
「あははは、ごめんごめん! ところでお姉さん、明日はお姉さんの誕生日?」
「え? ええ……どうして分かったの?」
 悪びれない様子でいきなり飛んできた問いに、私はさっきまでのいらだちを忘れて驚いた。確かに明日は、私の誕生日だ。……誰も家にはいないけど。
「そこのカレンダーに書いてあるんだよ」
 見れば確かに、リビングのカレンダーには明日の欄に私の誕生日だとしるしがついていた。私は書いていないので、母が書いたのだろう。
「誕生日ね。人はそれを祝うんでしょ? じゃあ、俺も祝ってあげる!」
「はいはい。何でもいいから、満足したら帰ってよね」
 私は自分の食器と、すでに食べ終えていたらしい彼の食器を流しにおいた。
「私、お風呂入ってくるから。そこのドア寝室。先寝てて」
 そういい捨てて、リビングを後にした。
「分かった、おやすみ! 良い夢を!」
 後ろから、彼の声が追いかけてきた。

『君は嘘つきだね』
 闇の中から、声が聞こえてくる。
『本当は寂しいくせに』
「うるさい。別に、家に誰もいないのなんていつものことだし」
 それに……それに今年は違う。
「今年は、その……あの犬もどきもいるし」
『そうだね。でも、朝までいるとは限らないよ。ねえ、誰かにそばにいてほしい?』
「……そうだね。欲を言えば……」
『欲を言えば?』
「……お母さんがいい」
『そうだね。ねえ、もう夢は覚める。さて、どこからが夢だったでしょうか?』
「え?」
 闇から響く声は反響し、しばらくすると闇は端から徐々に白んでゆく。
 夢は覚めるのか。そう思って目を閉じる。最後の台詞の意味がよく分からないな。

「ちょっと! 起きなさい!」
 母の怒鳴り声で目が覚めた。
「え……あ、お母さん!? 何でここに……今、何時?」
「もう9時よ。今日は一緒に出掛けましょうって言ったじゃない。私も久々に休み取ったんだから、早く支度しなさい!」
 意味が分からない。今日はお母さんは仕事じゃなかったの?
 枕元を見やると、一枚の紙が置いてあった。そこにはこう書いてある。
『良い夢は見れたかな? さて、どこからが夢だったのでしょうか! 嘘つきな君の本当の願いを叶えましょう。
2016.10.31 狼少年より』

(終)


Written by 蜃気楼